『クラッシュ』『ビデオドローム』などを手がけた鬼才”デビッド・クローネンバーグ”が20年前に脚本を執筆したものの、温めに温め続けて満を持して公開となったSF作品。
主演は『グリーンブック』で大きな注目を浴び『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『危険なメソッド』などクローネンバーグ作品の常連”ビゴ・モーテンセン”と『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』の”レア・セドゥ”が豪華共演。
『ビデオドローム』や『裸のランチ』のような奇妙な装置が登場し、ノワール全開で描くクローネンバーグの原点的ともいえる本作は「人間の進化」がテーマ。
相変わらず奇妙な単語が連発し、ストーリーについていけないという声も多い本作ですが、ネタバレとともに考察していければと思います。
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』作品概要
https://youtu.be/QCr7zeNDv0k
公開日(日本):2023年8月18日
監督:デビッド・クローネンバーグ
キャスト:
ソール・テンサー(ビゴ・モーテンセン)
カプリース(レア・セドゥ)
ティムリン(クリステン・スチュワート)
ラング(スコット・スピードマン)
ウィペット(ドン・マッケラー)
コープ(ベルゲット・ブンゲ)
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』あらすじ
プラスチックを食べる少年
人類が痛覚を失い、感染症も無くなった近い未来――。
プラスチックを食べ消化できる少年”ブレッケン”は、母”ジュナ”からの言いつけを守れず、その日もプラスチック製のごみ箱を食べてしまう。
ジュナは自分の息子が怪物であると危惧し、ブレッケンが寝ているところを枕を押し当て殺してしまう。
ジュナはどこかへ去ってしまうが、息子の亡骸を見た父”ラング”は悲しみにくれます。
加速進化症候群
【加速進化症候群】の”ソール・テンサー”の体内からは、これまでの人類には無かった新しい臓器が次々と生み出される。
テンサーは痛みを察知してくれる【オーキッド・ベッド】がなければ眠ることができないし、食道を機能させてくれる【ブレックファスター・チェア】の助けがないと食事をすることができない。
元外科医の”カプリース”はテンサーが生み出す臓器にタトゥーを施し、観客の前で公開切除をするという前衛的なパフォーマンスで観る者を魅了している。
テンサーとカプリースは新しい臓器を登録するために【臓器登録所】へ向かう。臓器登録所は【NVU(ニュー・ヴァイス・ユニット)】という新しい犯罪を取り締まる組織の一部で、新しく機能を持った臓器を管理している。
NVUは新しい臓器が親から子へ遺伝することを危惧し、犯罪として取り締まっている。
臓器登録所の”ティムリン”と”ウィペット”はアートとして手術を行うことは違法ではないかと危惧するが、同意があれば問題ないとカプリースは一蹴する。
テンサーとカプリースが家に戻ると、【ライフフォーム・ウェア】の”バースト”と”ラウター”がオーキッド・ベッドとブレックファスター・チェアの調整にやってくる。
二人はテンサーの家に【サーク解体モジュール】があることに驚く。サークはライフフォーム・ウェアの最高傑作と言われているが、大昔に生産が中止されている。
テンサーとカプリースはそのサークを使ってパフォーマンスを行っているのです。
パフォーマンスに魅了されるティムリン
テンサーとカプリースのパフォーマンスを観たティムリンは、新しい性的快感を覚え、カプリースと取って変わりたいと願うようになる。
ある夜、全身にいくつもの耳をつけて踊る”クリネック”のショーを観に行ったテンサーは、その帰り道、ラングに声をかけられる。
ラングは母親に殺された自分の息子のブレッケンを、パフォーマンスとして解体しないかとテンサーに提案する。
テンサーとカプリースは新しい試みに不安を覚えるが、パフォーマンスの形を模索していたこともありそれを了承。サークの調整をバーストとラウターに依頼する。
一方でラングを追っていた調査官は、ラングの食べ残した紫のバーを食べると、泡を吹いて倒れ死んでしまう。
ラングはプラスチックを消化するために身体を手術していて、同じ手術をした人間たちが秘密裡に組織的になっている。そのような手術は違法で、NVUのコープ刑事は、その組織を一掃したいと考えていている。テンサーも実はNVUのスパイとして活動しているのです。
遺体解剖パフォーマンス
テンサーはウィペットが秘密裡に主催する【内なる美なるコンテスト】に出場するため、”Dr.ナサティル”にいつでも内臓が覗けるように腹にジッパーを取り付けてもらう。
さらにテンサーは、コープ刑事への協力をやめてしまいます。
ブレッケンの解剖パフォーマンスでは、カプリースがブレッケンの腹部を開くと、ラングから遺伝されたはずの臓器は無く、臓器登録所によってタトゥーが施された臓器に差し替えられていました。
新しい発見を邪魔されたラングは悲しみ、会場の外に出ますが、バーストとラウターによって頭をドリルで貫かれ殺されてしまいます。
家に戻ったテンサーとカプリース。カプリースはふと残された紫のプラスチックバーをテンサーに食べるように提案します。
プラスチックバーを食べたテンサーは恍惚な表情を浮かべるのでした。
『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』考察
ラストの意味は?
紫のプラスチックバーをテンサーが食べると画面は白黒に変わり、テンサーの恍惚な表情がアップとなり映画は終了します。
ラングを追っていた捜査官が、同じバーを食べると死んでしまうシーンがありますが、通常の人間が食べるとプラスチックを消化できず死んでしまうのです。
画面をよく見るとブレックファスター・チェアが止まっていることがわかります。
テンサーはこれまで機能を持たない臓器を生み出してきていましたが、プラスチックを消化することができる機能を持った臓器を生み出したということです。
恍惚な表情を浮かべるのは新しいステージへ進化したという喜びの現れでしょう。
ラングはなぜ殺されたのか?
ブレッケンの解剖パフォーマンスが終わった後、ラングはライフフォーム・ウェアのバーストとラウターによって頭をドリルで貫かれて殺されてしまいます。
テンサーにリップロックを取り付けたDr.ナサティルも同じように殺されています。
これは進化に反対する旧人類側の犯行であり、バーストとラウターはその過激派といったところでしょう。
二人がテンサーの家でサークを発見したとき嬉しさを隠しきれないのも、新しい臓器は切るべきで進化は必要ないからと考えているからではないでしょうか?
ブレッケンの臓器がパフォーマンスの時に入れ替えられてしまったのは、ティムリンの仕業です。ティムリンも進化に反対する旧人類側の人間で、新たな臓器が遺伝によって引き継がれるという事実が公表されることを恐れたのではないでしょうか。
逆にティペットが進化を犯罪として取りしまるNVUに所属しながらも【内なる美なるコンテスト】なるものをこっそり主催しているのは、ティペットは進化に美しさを見出している側の人間だということです。
人間が進化し始めるとどうなるのか?
本作はデビッド・クローネンバーグ監督が得意とするノワール的な世界観で、コンピュータも昆虫的に表現されていますが、近未来を描いたサイエンス・フィクションということを忘れてはいけません。
プラスチックで汚染された世界では人間はどう生きていくのか?そしてどう変化していくのか?ということが描かれています。
プラスチックに汚染された世界では、プラスチックを食料にできるように進化しようとしている人間がいます。しかし、それでは人間ではなくなってしまうと、人間という「種」を守る人間がいて争いになっているのです。
さらにこの世界でのアートはどうなっているのか?ということについて掘り下げられています。
クリネックに多数の耳をつけて躍らせた生体構造トレーナーの”エイドリアン・ベルソー”は、あの耳は実際に聞くことができず機能的ではないからこれはアートではない言います。
テンサーは加速進化症候群という特性を持って、自然に臓器を生み出します。もしかするとそれは新しい機能が備わっているかもしれません。
さらにテンサーとカプリースは、ラングから遺伝的に引き継いだプラスチックを消化する機能を持った臓器を切ることが新しいアートになりうると希望を見出します。
「怪物かもしれない」と自らの息子を殺してしまったジュナも、テンサーからの「ブレッケンの体の中には何がある?」という問いに対して「宇宙じゃないかしら」と答えます。
進化も自然であればあるほど美しく、アートになりうるということなのかもしれません。