2020年5月1日よりNetflixで配信が開始した『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』。
コロナウィルスの影響で映画館が休業となり、なかなか新作映画を観ることができない中、家で新作映画が観ることができるのはとてもありがたい。
高校生の甘酸っぱい恋愛ものかと思ってみたことろ、LGBTや宗教、田舎特有の小さなコミュニティーの問題など、とても考えさせられる作品でした。
で、本作のテーマとして重要になってくるのが“カズオ・イシグロ”著による小説『日の名残り』。
この小説がどのようにして映画に絡んでくるのかという点について、感想とあわせて書いていければと思います。
『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』作品概要
公開日(Netflix独占配信):2020年5月1日
監督:アリス・ウー
キャスト:
エリー・チュー(リア・ルイス)
ポール・マンスキー(ダニエル・ディーマー)
アスター・フローレス(アレクシス・レミール)
ディーコン・フローレス(エンリケ・ムルシアーノ)
トリッグ・カーソン(ウォルフガング・ノボグラッツ)
コリーン・マンスキー(キャサリン・カーティン)
ミセス・ヘゼルスハップ(ベッキー・アン・ベイカー)
エドウィン・チュー(コリン・チョウ)
『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』感想・考察
ラブレター代筆の相手は自分の好きな人
アメリカの田舎町。
高校生の“エリー・チュー”は、中国人がゆえに差別を受けています。
本人も下手に友人関係を築くと傷つくことがわかっているので心を閉ざしていますが、成績は優秀で論文を書くことが得意なので、クラスメイトの代筆をして小遣い稼ぎをしています。
ある日、アメフト部で補欠の“ポール・マンスキー”からラブレターの代筆を頼まれるが、その相手はエリーがひそかに想いを寄せる“アスター・フローレンス”でした。
エリーはレズビアンなのです。
エリーは1度は断るも、電気代を払うため代筆を引き受けることにします。
エリー役の“リア・ルイス”、ポール役の“ダニエル・ディーマー”、アスター役の“アレクシス・レミール”は3人ともほぼ無名の俳優ですが、キャラクターの個性を完璧に表現していてとても良い。
エリーは貧乏な家庭がゆえにいろいろなことを諦めていて自身の殻に閉じこもっている。
ポールは弱小アメフト部でもレギュラーになれないボンクラだけどじつはとてもいいやつ。
アスターは田舎で一番の美人で高根の花。
それぞの人柄にあったしゃべりかたや表情が絶妙で、セリフにはない感情を完璧に表現していてあっという間に物語に引き込まれてしまいました。
『日の名残り』ってどんな小説?
エリーとアスターの出会いは『日の名残り』という小説から始まります。
エリーが落とした『日の名残り』をアスターが拾い「それおもしろいよね」といった具合に。
で、この小説は『ハーフ・オブ・イット』の重要なテーマの1つになっています。
『日の名残り』は1989年日系イギリス人“カズオ・イシグロ”によって書かれた小説で、のちに“アンソニー・ホプキンス”主演で映画化されています。
第一次世界大戦終了後、国際会議も開かれる豪邸に住む有力者に仕える執事が主人公。
主人公が仕える有力者は、第一次世界大戦に敗れたドイツに対し、各国が突きつける厳しい条件に反発しドイツを助けようとします。
しかし、そのやさしさに付け込まれ、知らぬうちにナチスに手を貸すことになってしまのです。
執事は自身に定めた《執事としての品格》がゆえに、あるじの政治的な思想には口出しをしないと決めています。
そして自身の恋愛に対しても同じルールをしいています。
執事同士の恋愛はご法度と考え、いい感じになった女性と自身の気持ちにも女性の気持ちにも気づかないふりをして突き放してしまうのです。
そして執事は、あるじもその女性との関係も失うことになり後悔するというお話です。
『日の名残り』の執事同様、エリーも自身の考えを表に出さないと決めています。
エリーが住む町はエリー以外は白人しか住んでいないThe・・アメリカといった田舎町で、全員がカトリックです。
カトリックでは同姓愛が禁じられていて、エリーは周りの目を気にするあまりアスターへの気持ちは表に出さないと決めています。
ポールがエリーのアスターへの想いに気づいたときに「地獄に落ちる」と酷いことを言いますが、カトリックでは同性愛は地獄に落ちると信じられているからです。
エリーは卒業後の進路にも自身の想いを隠しています。
エリーは優秀なのでグリネル大学という町の外の大学に通いたいと思っていますが、貧乏な家庭なので地元の奨学金が出る大学に通うと自身の気持ちにあきらめをつけてしまっています。
“ポール”はバカだけどめちゃくちゃいいやつ
エリーが代筆したラブレターのかいあって、ポールはアスターから好意的な返事を受け取ることに成功します。
エリーは人を愛することを「愛する人と一緒の考えを持つこと」だとと信じています。
そのためアスターが好きな小説や映画といったサブカルチャーを徹底的に調べ上げその知識をポールに叩き込んでいきます。
一方でポールは愛することは「その人のため努力をすること」と信じているので、エリーが教えることをどんどん吸収していきます。
エリーは、アスターは田舎でバカ騒ぎをする男たちに嫌気がさしていると気づいているため、ポールは高尚な人物と設定し、哲学者や小説の言葉を引用しポールに代わってメールのやり取りをします。
ポールは好きな人とはハンバーガーショップでデートをするといった安直な考えで行動します。
しかし、真逆の2人の考えは結果ちょうどよいバランスでアスターに響き、ポールとアスターの距離はどんどん縮まっていきます。
そしてポールはエリーのことをいじめるやつを追い払ってくれたりと実はめちゃくちゃいいやつで、2人の友情も深まっていきます。
自分の言葉で話し出す“エリー・チュー”
全員参加が義務の学芸会の出し物で、エリーはいつも教会で演奏しているオルガンを演奏することにします。
しかし本番前、エリーのことを差別するクラスメイトがオルガンの弦を切ってしまい、舞台上でエリーはあっけにくれてしまいます。
その様子を見ていたポールはとっさにアコースティックギターを差し出し「自分の曲を演奏しろ」といいます。
ポールはエリーがギターで作曲していたことを知っていたのです。
エリーがギターで弾き語りを演奏すると拍手喝采。
ここから、これまで哲学者や小説のセリフを引用してしゃべっていたエリーに変化が起こり自分の言葉でしゃべるようになります。
そして愛にはいろんな形があり自分の愛を見つけることができます。
愛は厄介であり大胆であると。
アスターもエリーのことが好きになってしまう!まさに《おもしろいのはこれから》
映画の冒頭でプラトンの「饗宴」が引用されます。
もともと人間は2つの顔と4本ずつ手足があったが、それはあまりに完璧な存在であるため神が恐れ、2つに分けたと。
そして今でも人間は半身を探し求めているのだと。
ポールにとってその半身はエリーです。
なぜならエリーと協力することでお互いにないものを補い、町一番の美女とも近づくことができるようになったからです。
そしてポールはエリーのことが好きになってしまいます。
エリーとポールが2人で映画を見るシーンで、映画の中では列車で旅立つ女性を男性が追いかけます。
エリーはそんな無駄なことをしてなにになるのかと呆れますが、ポールは無駄なことだとしてもそういうことをするのが愛していることの証明だと信じています。
物語のラストでエリーが列車で旅立つときポールも同じく列車を追いかけます。
しかし、エリーはアスターのことが好きです。
アスターも「別の形だったらエリーを受け入れたかもしれない」と衝撃の告白をします。
アスターもエリーが好きになってしまうのです。
「別の形」というのは自分がカトリックを信仰していなかったら~とか、出会った場所がすぐに噂が広まってしまうような小さな田舎町でなければ~ということですね。
そもそも好きだと思っていたポールの人格はエリーでした。
そして今までのエリーであれば何もしないで終わってしまうところでしたが、ポールと接することで「愛は大胆である」ということがわかり、アスターにキスをして数年後に会う約束まですることができたのです。
固定観念の呪縛から解き放たれた3人が自分の愛を見つけることができ《おもしろいのはこれから》というサブタイトルにつながります。
《おもしろいのはこれから》は邦題のみでつけられたものですが、本当にいいサブタイトルだと思います。