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公開日(日本):2026年10月30日
監督:ジェームズ・ワトキンス/span>
脚本:マイク・フラナガン/ホセイン・アミニ
キャスト:
マット・ヘーゲン(トム・リス・ハリス)
ケイトリン・コー(ナオミ・アッキー)
マルコ・ザボ(デビッド・デンシック)
マックス・ミンゲラ(ジョン・ボレリ)
エディ・マーサン(フランク・フィッツパトリック)
コーリー・バワリー(ジョシュア・ジェームズ)
※本記事には映画『クレイフェイス』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
DCユニバース3作目にして、知らないキャラクター(失礼)が主役
DCに対してそれほど詳しいわけではないけど、クレイフェイスというキャラクターは聞いたこともない……
『スーパーマン』『スーパーガール』に次ぐ、ジェームズ・ガンとピーター・サフランが主導する新しいDCユニバースの映画3作目という位置づけながら、あえて知名度の高くないキャラクターを持ってくるあたりが、いかにもジェームズ・ガンらしくて好感。
さらに、マイク・フラナガン大先生が企画を持ち込み、脚本も担当しているということで、キャラクターについては全然知らないながらも個人的には楽しみにしていた作品。
想像していた以上にホラーやグロテスクな描写が多め。
DCのヒーロー(ヴィラン)映画というよりも、ひとりの人間がモンスターへと変貌していく過程を描いたホラー映画としての面白さがありました。
近年で言うと『サブスタンス』を思い出した。
クレイフェイス誕生までの物語
ゴッサムシティの「スラム側」で育ちながらも、アカデミー賞にノミネートされるまでに登り詰めた俳優マット・ヘーゲン。
しかし、ギャングの女ミア・トーレスと関係を持ってしまったことで、顔を切り刻まれてしまう。
一方、ナノ細胞という万能細胞のようなものを研究していたケイトリン博士は、パートナーに裏切られ、研究資金も底をついてしまっている。
マットはケイトリン博士の研究を知り、治療を受けることになり、ふたりの間には、次第に恋愛感情のようなものも芽生えていきそうな雰囲気が……
ただこの細胞はあくまで研究段階。案の定、制御がうまくいかなくなり、マットの顔は泥のように溶けだしてしまう。
さらに、親友や専属弁護士までもが自分を裏切っていたことを知り、マットは俳優としての復帰は絶望的に。次第に復讐心に駆られていきます。
やがて、どんな顔にも変身できる能力を手に入れ、その能力を利用して次々と復讐を果たしていくことになる。
俳優という職業が変身能力に活かされている面白さ
まず面白かったのは、マットが俳優であるという設定が、クレイフェイスの能力と非常に相性が良いこと。
どんな顔にも変身できるという能力は、それだけでもヴィランとして十分に魅力的ですが、俳優という職業を考えると、さらに面白さが増してきます。
俳優として培ってきた経験や技術が、そのまま特殊能力を活かすための武器になるわけです。
一瞬で姿が変わるアクションシーンはテンポが良く、どこからがCGで、どこからが撮影上の創意工夫なのかを考えながら観るのがとても楽しい。
顔や身体が変形していく描写も含めて、こうした能力を映像でどう表現するのかという部分に見どころがありました。
ホラーやグロテスクな要素をふんだんに盛り込みながら、アクション映画としても楽しめるバランスになっていたと思います。
顔を変えるという意味
マットの顔を切り刻んだザボは経営者とギャングという二つの顔があり、マットを裏切ったフランクと親友のコーリーにも私利私欲のためにマットに見せることが出来ない裏の顔がある。
文字通りマットは変幻自在に他人になる能力を手に入れるわけですが、他のキャラクターにも様々な”顔”があるというのも見どころのひとつ。
「スラム側」に戻ることへの恐怖
常にキャラクターの行動に説得力があり、さすがフラナガンの脚本。
マットはゴッサムシティの「スラム側」で育ちながら、俳優として成功を収めた人物です。
ただ成功したというだけではなく、かつて自分がいた場所に戻りたくないという恐怖が、マットの行動の根底にはある。
せっかく手に入れた地位や名声を失い、再び過去の自分に引き戻されてしまうことへの恐怖。
だからこそ、顔を失ったことは単なる外見上の問題ではなく、これまで築き上げてきた自分自身を失うことでもあったのではないか。
復讐に駆られていく姿にはヴィランとしての怖さがある一方で、実験に失敗してしまった悲しいモンスターという印象も強く残りました。
悲しすぎる結末と、これからのDCユニバース
ラストの展開は最高に悲しい。
ケイトリン博士は最後までマットのことを見捨てなかったのかと思わせておいて、実は自作自演だったという展開。
ここまでのふたりの関係を考えると、あまりにも救いがありません。
マットにとっては、自分を治療してくれる存在であり、恋愛感情さえ芽生えそうだった相手。そんな相手にまで裏切られていたというのは、彼の悲劇をさらに際立たせていました。
ヴィランの誕生を描く作品でありながら、単純に悪者が生まれる過程を描いているわけではない。自分の居場所や、それまで築いてきた人生を失っていく人間の物語としても楽しめました。
今後のDCユニバースについては、前の作品を観ていなくても楽しめる映画を目指しているという話もあります。
個人的にも、各作品が独立した映画として楽しめることは大切だと思いますし、そのうえで世界観がどのようにつながっていくのかも楽しみです。
『スーパーマン』『スーパーガール』に続く3作目として、知名度の高くないキャラクターを主役にした本作。
こうした作品をユニバースの中に組み込んでくるあたりにも、これからのDCへの期待が膨らみます。

