『VORTEX ヴォルテックス』作品概要
公開日(日本):2023年12月8日
監督:ギャスパー・ノエ
キャスト:
父/夫(ダリオ・アルジェント)
母/妻(フランソワーズ・ルブラン)
息子(アレックス・ルッソ)
孫(キリアン・デレ)
『VORTEX ヴォルテックス』考察
スプリットスクリーンによる夫婦の生活
現代のフランスを舞台に元精神科医で痴呆となってしまった妻と、映画評論家で心臓に病を抱える夫の生活を描いた本作。
スプリットスクリーン(画面を二分割した構成)で、それぞれの画面で夫と妻を同時進行で映し出しています。
監督は『アレックス』(2003年)や『CLIMAX クライマックス』で、ドラッグや暴力による悪夢を描いてきた鬼才ギャスパー・ノエ。
過去作では上下左右の概念がなくなってしまうほどカメラをぐわんぐわん動かしたり、エンドロールを最初に流したりと奇抜な演出が目立ち、観る者にトラウマを植え付けてきた監督ですが、今回は演出としてはかなり穏やかなものになっています。
心臓に病を抱える夫を演じるのはホラー映画の金字塔でオカルト大作『サスペリア』(1977年)を監督したダリオ・アルジェント。
これまでナレーションでは映画に登場していますが本作で初めて主演を務めます。
痴呆症の妻は『ママと娼婦』で女優デビューし、2011年にはドキュメンタリー作品『クレイジー・キルト』を監督したフランソワーズ・ルブランが演じています。
現代では「悪夢」を表現するのに暴力もドラッグも不要
息子がドラッグ中毒という設定でこそあるものの『CLIMAX クライマックス』ではドラッグによって変わってしまった人間の恐ろしさが描かれていました。
今回はその恐ろしさや暴力は一切出てこないのにも関わらず、相変わらず「悪夢」が描かれています。
心臓の病を抱える夫と痴呆症の妻の二人暮らしが成り立つわけもなく、その息子がしばしば心配して二人のアパートを訪れ、老人ホームに入るように説得するのですが、夫はアパートに愛着があるようで聞く耳を持ちません。
その息子にも小さな子供がいるのですが、過去に薬物で捕まった経験があるようで、福祉に世話になりながらほぼシングルファザーの状況で子育てをしているようです。
しかもこの息子、両親を心配してアパートに来ているのかと思いきや、最終的には金を無心して帰っていくのです。
夫がアパートから出ていきたくないのは、近所に浮気相手がいるからで、「夢と映画に関する本」というよくわからない本の執筆に夢中になっていて、妻の介護にも熱心ではありません。
一方の妻も痴呆症のためガス栓を開けっぱなしにしてしまったり、精神科医の時の記憶が蘇り、謎の薬を調合し夫を殺そうとする言動まで出てきます。
本作は現代で悪夢を表現するのに、暴力もドラッグも必要ないというギャスパー・ノエによる新しい悪夢の形なのかもしれません。
ギャスパー・ノエによる「死」という概念
夫はある夜、心臓の発作が起きついに倒れてしまい、妻は寝ているため、気づく様子がありません。
夫は明け方まで何とか持ちこたえ妻も起きだしますが、妻はうまく救急車を呼ぶことが出来ず、夫は死んでしまう。
夫の顔に布がかけられると、以降画面の右半分は真っ黒になってしまいます。
現代で死ぬと言うことは、誰にも影響を与えることがないし、誰からも注目されないということが表現されています。
その後妻も自殺という形で後を追うが、妻の顔に布がかけられ、画面が真っ黒になったと思うと、スタッフロールは最初に流れているため、映画館は突然パッと明るくなる。
普通の映画だったらスタッフロールが流れる時間で、「あのシーンはこうだったな」といろいろと考えを巡らせるものですが、この映画には余韻を感じる暇が与えられない。
他人が死ぬということに余韻などないということなのだと思います。
ちなみに息子が薬物を使用してしまうシーンでは、息子の顔にはクッションがかけられます。演出的には夫や妻が死んでしまった時に布がかけられるのと同じです。
クッションのシーンのあと息子は一切登場することはなく、これは息子が社会的に死んでしまったということが表現されているのだと思います。
福祉の監視があるというセリフがあるので、おそらく息子は薬物を頑張ってやめようと努力をし、社会への復帰を目指していたのではないでしょうか。
しかし息子は周りの環境もあり、再び薬物に手を出してしまう。しかも薬物を使用しているところを自分の息子に見られている。
おそらくこの後、金銭的にも父親としてもこの息子が幸せになることはないのであろう。
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