『ハムナプトラ』シリーズでハリウッドのトップスターとなるも、心身のバランスを崩しハリウッドから遠ざかっていたブレンダン・フレイザーが見事にカムバック。
体重272kgの孤独な中年男性チャーリーを演じ、2023年アカデミー賞で主演男優賞を獲得しています。
メガホンを取ったのは『レスラー』『ブラック・スワン』のダーレン・アロノフスキー監督。人間が抱える克服できない苦悩・悩み・憎しみを繊細に描いています。
チャーリーの娘を演じるのはNetflixの大ヒットシリーズ『ストレンジャー・シングス』でマックス・メイフィールド役を演じたセイディー・シンク。父親に捨てられ、反抗的なティーンネイジャーという役がドはまりしています。
『ザ・ホエール』作品概要
https://youtu.be/w6HJ70K8BBc
公開日(日本):2023年4月7日
監督:ダーレン・アロノフスキー
キャスト:
チャーリー(ブレンダン・フレイザー)
コルム・ドハティ(ブレンダン・グリーソン)
エリー(セイディー・シンク)
リズ(ホン・チャウ)
メアリー(サマンサ・モートン)
トーマス(タイ・シンプキンス)
『ザ・ホエール』あらすじ
体重272kg、余命わずかの孤独な同性愛者
体重272kgの中年男性チャーリーは、アパートで孤独に暮らしている。
オンラインの文章講座で生計を立てるも、その醜さを隠すため、自身のカメラはオフにして生徒たちを指導している。
ある日、突然の発作が起こり激痛に見舞われるチャーリー。そこに偶然訪れたのは若いニューライフの宣教師トーマス。チャーリーはトーマスにある文章を読むように言う。それは小説『白鯨』を批判した読書感想文で、チャーリーはその文章を読むと気持ちが落ち着きます。
チャーリーの友人で看護婦は普段からチャーリーの身の回りの世話をしていて、チャーリーに病院に行くように言っていますが、チャーリーは社会保険に入っておらず、入院費が払えません。
チャーリーはすぐに入院しないと今週にでも死んでしまう状態にありました。
余命残り僅か、娘と会うことに
余命がわずかだと悟ったチャーリーは、長らく疎遠だった娘のエリーを元妻に内緒で家に招きます。
エリーは17歳で、周りの友人と馴染めずグレています。エッセイの授業の単位を落としそうで、卒業も危ぶまれる状態です。
エリーは久しぶりに会った父親の姿を見ると、その醜さに罵詈雑言を浴びせます。エリーはチャーリーが母と自分を捨て、出て行ったことを恨んでいました。チャーリーは、エリーが生まれたあとアランという男性と恋に落ち、妻とエリーを捨てて出て行っていたのです。
太ってしまってなお過食がやめられないのは、アランが死んでしまったことに原因がありました。
エリーとの関係を修復したいチャーリーは、エリーの代わりに課題のエッセイを書くことと12万ドルを渡すことを約束しますが、反抗的なエリーとの話はうまく噛み合いません。
翌日もトーマスは「何か力になれることはないか」とやってきます。トーマスはチャーリーをニューライフに勧誘したいのです。
リズはトーマスに出ていくように言います。リズの兄はニューライフ信者でしたが、信仰に苦しめられ、拒食となり自殺していたのです。
リズの兄はチャーリーの元恋人のアランで、リズは兄が愛したチャーリーのことを放っておけず、面倒を見ているのです。
元妻との再会
翌日もやってきたトーマスにエリーは大麻を吸わせて写真を撮ったりとからかいます。次第にトーマスはエリーに身の上話をするようになり、故郷での布教活動に疑問を持ち、教団から金を盗んで家出をしてきたことを告白します。
リズはチャーリーがひそかに娘を家に招いていることに見かねて、チャーリーの元妻をのメアリーを連れてやってきます。メアリーはエリーの反抗期に手を焼き、「邪悪な子供だ」と言いますが、チャーリーは否定します。久しぶりに会った元夫婦でしたが、過去の溝は埋まることはありません。
精神的に参ってしまったチャーリーはいつも以上に暴食に走ってしまいます。
そこにやってきたトーマス。トーマスはアランが亡くなったのは神の教えに背く同性愛者だったからだと何の悪気もなくチャーリーに説き故郷に帰っていきます。
『白鯨』の感想文を書いたのはエリー
アランの言葉に失望したチャーリーは、最後のオンライン授業でカメラをオンにし、生徒に姿をさらしパソコンを破壊します。
発作に苦しむチャーリーの姿を見たエリーは救急車を呼ぼうとしますが、病院に行けばエリーにお金を渡すことができなくなるのでチャーリーは拒否。
チャーリーはエリーに『白鯨』の感想文を読むようにお願いします。その感想文を書いたのはエリーでした。
立ち上がれるはずがない巨体を両足で精いっぱい支え、感想文を読むエリーの元へチャーリーは歩み寄ります。
チャーリーはエリーのことがどれだけ大事かということやエリー自身がどれだけ美しいかということを精いっぱい伝えます。
エリーが感想文を読み終えたところで、チャーリーは死んでしまいます。
『ザ・ホエール』考察
なぜ『白鯨』なのか?
チャーリーはエリーが書いた小説『白鯨』に対する読書感想文を素晴らしい文章だと賞賛しています。
チャーリーはオンライン授業で「正直な文章」を書くように教えている通り、正直な文章に美しさを見出しています。エリーの書いた文章は誰しもが絶賛する小説『白鯨』を的確にかつ自分の言葉で批判しています。
ではなぜこの映画では『白鯨』が選ばれているのでしょうか?
チャーリーとエリー、クジラとエイハブ船長の関係性をあらわしている
『白鯨』ではクジラに片足を食べられてしまったエイハブ船長が、復讐の航海に出るという物語です。
復讐にかられたエイハブ船長は正常な判断を失い、船員もろともほぼ全滅してしまうという末路をたどります。
まるまると太ったチャーリーはまるでクジラのようで、父親を失ったエリーは片足を失ったエイハブ船長のように、チャーリーに復讐してやりたいと思っています。
これはクジラ=チャーリー/エイハブ船長=エリーという関係性を描いているのではないでしょうか。
しかしエリーはエイハブ船長がクジラに復讐をすることが何にもならないということを書いているし、復讐が悪い結末を生むことを知っている。
チャーリーは自分の心に思った正直な気持ちを文章にできるエリーを美しいと感じる一方で、この感想文に自分との関係を修復できる活路を見出しているのではないでしょうか。
さらに、チャーリーはニューライフというキリスト教系の宗教団体のせいで恋人のアランを亡くしています。
ニューライフの宣教師トーマスに一切怒りを見せないのも、エリーの読書感想文を大事にしているからではないでしょうか。