2017年、数々の賞を獲得した『スリー・ビルボード』の”マーティン・マクドナー”監督が、再びサーチライト・ピクチャーズを組んだ『イニシェリン島の精霊』。
主人公のパードリックを演じるのは『THE BATMAN ザ・バットマン』などの大作だけでなく、ヨルゴス・ランィモスの『ロブスター』等アート系の作品でも活躍する“コリン・ファレル”。
パードリックの友人のコルムを演じるのは『ハリーポッター』シリーズでマッドアイ・ムーディを演じる“ブレンダン・グリーソン”。
“マーティン・マクドナー”監督作品への出演を熱望していた、“バリー・コーガン”が島一番のバカの若者ドミニクをコミカルながら繊細に演じています。
『スリー・ビルボード』でも物語の裏側に隠された要素があったように、本作ではアイルランドの歴史的背景が隠されています。
ラストまでのあらすじとともにネタバレありで考察していければと思います。
『イニシェリン島の精霊』作品概要
https://youtu.be/PjxW5vSHAFk
公開日(日本):2023年1月27日
監督:マーティン・マクドナー
キャスト:
パードリック・スーラウォーン(コリン・ファレル)
コルム・ドハティ(ブレンダン・グリーソン)
シボーン・スーラウォーン(ケリー・コンドン)
ドミニク・キアニー(バリー・コーガン)
ピーダー・キアニー(ゲイリー・ライドン)
ジョンジョ(パット・ショート)
ジェリー(ジョン・ケニー)
ミセス・マコーミック(シーラ・フリットン)
『イニシェリン島の精霊』あらすじ
突然絶交を言い渡されたパードリック
1923年、アイルランドの離島「イニシェリン島」は、激しく繰り広げられる本土での内戦状況とは対照的に、のどかな平和が保たれています。
毎日仕事終わりの2時になると、パブで馬鹿話をするパードリックとコルム。
パードリックがいつものようにコルムの家に迎えに行きますが、コルムは部屋の中で煙草を吸ったまま、呼びかけるパードリックのほうを振り向こうともしません。
のちに一人でパブにやってきたコルムにパードリックは「何か怒らせるようなことをしたなら謝るから言ってほしい」と問いかけますが、コルムは一方的に絶交を言い渡します。
これ以上付きまとうなら指を切り落とす
パードリックと一緒に住む妹のシボーンは、コルムに「なぜ突然絶交を言い渡すのか?」「それは不親切ではないのか?」と問いただします。
島一番のバカで警官の息子のドミニクは「絶交なんて12歳の子供かよ」と馬鹿にします。
コルムは「残りの人生は作曲をして後世に名を残したい」「パードリックの馬鹿話しに付き合っている時間はない」とパードリックに伝え「これ以上付きまとうと指を1本ずつ切り落としていく」と言い放ちます。
確かにパードリックはドミニクと島でいちにを争うバカだったのです。
それでもコルムに付きまとうパードリック
パブではコルムが音大生を集めて、演奏会をするようになっていました。
パードリックは酔った勢いに任せて再びコルムに絡みます。
「お前の行動は優しくない」「親切心にかける」と。
しかしコルムは「やさしさは歴史に名を刻まない」とパードリックを一蹴します。
翌日、コルムは自分の指を切断し、パードリックの家に投げつけます。
驚いたシボーンはコルムの家に抗議しに行きますが、コルムは「あなたなら私の気持ちがわかるはずだ」とシボーンを諭します。
シボーンもまた、このイニシェリン島の退屈さを嘆いている人物で、ひそかに本土で図書館の司書になることを夢見ていたのです。
愛するロバが死んでしまう
シボーンは本土での仕事が見つかり、パードリックを残し島を出て行ってしまいます。
パードリックはコルムに絡んだ夜のことは酔っぱらっていて覚えていませんでしたが、ドミニクに「コルムはあの夜、珍しくパードリックが面白い一面を見せたと言っていた」と聞かされます。
ドミニクはさらにパードリックに「もういい人はやめてもっと強気に出るべきだ」とアドバイスをします。
それを聞いたパードリックは、コルムの仲間の音大生を島から追い出したりと悪態をつくようになります。
さらにコルムの家に押し入り、無理やりパブで一緒に飲もうと誘います。
コルムは残りの4本の指を切り落とし、パードリックの家に投げつけます。
しかしコルムの指をパードリックが飼っているロバが誤って食べてしまい、ロバは死んでしまいます。
怒ったパードリックはコルムの愛犬を殺しに行きますが、犬を目の前にすると罪のない犬を殺すことができません。
パブにいるコルムを見つけると「日曜日の2時にお前の家を放火する」と予告します。
日曜日――
パードリックはコルムの家を放火します。
翌日、生き残ったコルムのもとにパードリックが近寄り、本土での様子を見つめるのでした。
『イニシェリン島の精霊』考察
物語の裏に隠されたアイルランドの内戦
『イニシェリン島の精霊』では本作の時代に実際に起こっていたアイルランド内戦の状況が登場人物に当てはめられています。
1800年からイギリスの支配下にあったアイルランドでしたが、1921年に独立し、アイルランド自由国が誕生。しかし、北アイルランドがイギリスからの分離を嫌ったこともあり、アイルランドは内戦状態となってしまいます。
パードリックとコルムの喧嘩はこの内戦の鏡写しとして描かれているのです。
司祭のいうことに疑問を持つコルム
作中でコルムが司祭にロバを殺してしまったことを告白するシーン。
司祭は「ロバを殺したことなんて神が気にすると思うか?」とコルムに言い放ちます。
アイルランドはもともとカトリックの信仰ですが、スコットランドから北アイルランドに流れてきた移民たちはプロテスタントを信仰しており、アイルランドの内戦はカトリックとプロテスタントの争いでもありました。
コミカルに見えるこのシーンですが、宗教的な争いは実際の内戦の状況を現しています。
意地悪な警官と仲良くするコルム
パードリックと絶交した後、コルムはドミニクの父親で意地悪な警官と仲良くしています。
警官は本土に死刑執行を手伝いに行くが、死刑にされるのはイギリス分離派か非分離派かわからないと言います。
この警官はイギリスの象徴で、コルムは非分離派の象徴だから仲良くするのではないでしょうか?
死刑されるのが分離派でも非分離派でもどちらでもいいというのは、アイルランドの内戦が泥沼化することでイギリスはアイルランドを支配しやすくなるからどちらでもいいというなのです。
本作のキャストはアイルランド出身者で固められているのに対し、警官を演じるゲイリー・ランドンはイギリスの出身です。
タイトルの意味とバンシー
『イニシェリン島の精霊』の原題(英題)は『The BANSHEES of INIHERIN』(イニシェリン島のバンシー)です。
バンシーとはアイルランドに伝わる妖精で、人の死を予告すると言い伝えられています。
シーラ・フリットン演じる”ミセス・マコーミック”
黒いローブを身にまとい、奇妙な存在のミセス・マコーミックが本作におけるバンシーとなります。
実際に「もうすぐ人が死ぬ」と予言するシーンがあり、ドミニクの遺体が川で発見されます。
ドミニクがシボーンに告白するシーンがありますが、シボーンが本土に行くことを聞きつけ、一緒に連れて行ってもらうためだったかもしれません。
パードリックとコルムはゲイだったのではないか?
コルムは自分の作曲を世の中に残したいからという理由でパードリックと絶交をしますが、警官に殴られたパードリックを無言で助けたり、ロバが死んでしまったことに心から悲しんで見せたり、実は本当は他の理由があるのではないかという演出が随所に見られます。
アイルランドで同性愛が認められたのは1993年
本作の舞台は1923年のアイルランド。
当時のアイルランドでは同性愛が認められていないどころか違法でした。
最近の映画だと『恋人はアンバー』でも同様のことが描かれています。
さらにカトリックでは同性愛は自然に反する罪深い行為とされ、コルムが懺悔室で司祭に罪を告白するシーンで司祭はコルムに「パードリックに魅力を感じたことがあるか?」と質問しますが、コルムは全力でこれを否定して見せます。
コルムは二人がこのまま仲良く暮らしていては、島で変な噂がたってしまうし、そのうち本当に愛が芽生えてしまうと考えたのではないでしょうか?
そう考えると2人が独身であることに違和感があります。
さらにパードリックが妹とはいえ同じ部屋で2人で寝ていることも違和感があり、パードリックはそもそも自分の性というものを理解できていないのでは?ということも考えられます。
“マーティン・マクドナー”監督の前作『スリー・ビルボード』に隠された秘密
“マーティン・マクドナー”監督の前作『スリー・ビルボード』では、サム・ロックウェル演じる意地悪な警官が実はゲイであったという秘密が隠されていました。
警官はウディ・ハレルソンが演じる上司の警官のことが好きでしたが、それを認められず、周りにも自分にも優しくできず周囲に意地悪をしていました。
そのことは警官がABBAの「チキチータ」を聴いていることから考察できます。「チキチータ」は同性愛者に愛された曲でした。
『イニシェリン島の精霊』では「チキチータ」のようなアイコンがなく、コルムとパードリックがゲイだったという確証を得ることはできません。
しかし、仮定としてそのように本作を観ると、とても悲しいラブストーリーとして見事な作品です。
『イニシェリン島の精霊』まとめ
パードリックは「バカだけどとにかく優しい人物」ですが、次第にその優しさを失ってしまい、怒りに身を任せコルムの家を焼いてしまいます。
コルムは一見夢のためにパードリックを切り離したように見えますが、バイオリンで作曲をしたいと言いながらも指を切り落とすという意味不明な行動をとっています。
パードリックのバカさ具合と言い、コルムとのやり取りはとても面白く笑えるシーンが多くありましたが、物語の裏側にはアイルランドの内戦という戦争の理不尽さが描かれていました。