『哀れなるものたち』あらすじと考察(ネタバレあり)

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『女王陛下のお気に入り』のヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが再びタッグを組み、アラスター・グレイの同名ゴシック小説を映画化。

2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞し、第96回アカデミー賞では作品賞を含む11部門にノミネート。

プロデューサーも務めるエマ・ストーンが純粋無垢で自由奔放な主人公ベラを熱演し、天才外科医ゴッドウィンをウィレム・デフォー、弁護士ダンカンをマーク・ラファロが演じています。

『女王陛下のお気に入り』『クルエラ』のトニー・マクナマラが脚本を担当しています。



『哀れなるものたち』作品概要


公開日(日本):2024年1月26日

監督:ヨルゴス・ランティモス

キャスト
ベラ・バクスター(エマ・ストーン)
ダンカン・ウェダバーン(マーク・ラファロ)
ゴドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)
マックス・マッキャンドレス(ラミー・ユセフ)
ハリー・アストレー(ジェロッド・カーマイケル)
アルフィー・ブレシントン(クリストファー・アボット)

トワネット(スージー・ベンバ)

スワイニー(キャサリン・ハンター)
プリム夫人(ビッキー・ペッパーダイン)

フェリシティ(マーガレット・クアリー)
マーサ・フォン・カーツロック(ハンナ・シグラ)

『哀れなるものたち』あらすじ

天才外科医のゴッドウィン・バクスターは20代で自殺した妊婦から胎児を取り出し、胎児の脳を女性に移植することで復活させる。

女性はベラと名付けられ、同じく外科医のマックス・マッキャンドレスはその成長を記録するためベラにつきっきりになる。

皿や食べ物を周囲に投げつける幼児行動を見せるベラだったが、自慰行為を覚えるなど急速に成長していく。

ベラがマッキャンドレスになつくのを見て、ゴッドウィンはマッキャンドレスにベラと結婚してやってほしいと願い、マッキャンドレスはこれを快諾。

しかし婚約の書類を準備しに来た弁護士のダンカン・ウェダバーンは、世界を見たいと願うベラを言葉たくみに誘惑し、駆け落ちの旅へと出て行ってしまう。

リスボンに到着したベラとダンカンは熱烈ジャンプ(セックス)に夢中になり、ベラはエッグタルトのおいしさに感動したりダンスの楽しさを知る一方で、暴力の恐ろしさを目の当たりにする。

ダンカンは誰とでもいちゃつくベラにやきもちを焼き、ベラを箱の中に入れ、外に出ることが出来ないアテネ行きの船へと乗せてしまう。

強制的に船に乗せられたベラは機嫌を損ねるが、旅をしている老婆のマーサと黒人青年のハリーに出会う。

マーサとハリーは哲学や読書の楽しさをベラに教え、ベラは知識への探求心が芽生えていく。

さらに世界を知りたいと願ったベラにハリーは、途中停泊したアレクサンドリアで貧困に嘆く民や亡くなっていく赤ん坊を見せる。貧富の差を知り絶望したベラは、ダンカンの金を貧しい人に渡してしまう。

一文無しになったベラとダンカンはパリで降ろされてしまうが、ベラは娼館に行き初めて自分の力で稼ぐことを知る。

娼婦として働くようになったベラは、社会の仕組みを知り、様々な人間に出会う。やがてベラは医学を学ぶようになり、社会主義思想が芽生えていく。

ゴッドウィンの余命がわずかだと知らせを受けたベラは、ロンドンに帰還する。

自身の旅や心境についてマッキャンドレスに全て話し、マッキャンドレスはそれを受け入れ、晴れて2人は結婚することとなる。

しかし結婚式当日、自殺する前のベラの夫を名乗る軍人のアルフィー・ブレシントンが現れ、ベラを連れて行ってしまう。

アルフィーは暴力や銃で使用人たちを脅していて、ベラが娼婦として働いていたことを知り、そのような過ちは二度とできないようにとクリトリスを切除しようとする。

自分が自殺した理由はアルフィーにあるのだと気づいたベラは、力に屈することなくアルフィーから逃げ出す。

晴れてマッキャンドレスと結婚したベラは、アルフィーにヤギの脳を移植してしまうのでした。

『哀れなるものたち』考察

【変な映画】からの完全昇華

ヨルゴス・ランティモス監督と言えば『籠の中の乙女』や『ロブスター』、『聖なる鹿殺し』など、一言でいうと【変な映画】を撮ってきた監督です。

エマ・ストーンと初タッグとなった『女王陛下のお気に入り』では、その【変さ】はかなり抑えられ高い評価を得ましたが、一貫しているテーマは「どうしたら愛してもらえるのか?」ということです。

『籠の中の乙女』では、愛のない父から「犬」のように育てられている子供たちが愛を求めて必死になっている様子が描かれているし、『ロブスター』でも愛するパートナーを見つけるため登場人物たちは必死になって奇行に走ります。

『女王陛下のお気に入り』でも本当の愛がほしい女王と、女王の愛を奪うため、偽物の愛で競い合う側近の2人が描かれています。

ヨルゴス・ランティモス監督はお父さんに捨てられてしまったという経験があり、映画の中でそれが色濃く出ているのです。

作品を追うごとに作家性がエンタテイメントとして昇華されているのが本当にすごいところですし、そんな監督の受け皿となる原作小説があったということも幸運だったと思います。

『フランケンシュタイン』とメアリー・シェリー

本作を観て1818年にメアリー・シェリーによって書かれたゴシック小説『フランケンシュタイン』を思い出した人も多いと思います。

フランケンシュタインは男でしたが、もし女性だったら?ということと、何より愛を持って接したらどうなるだろう?というのがテーマの一つです。

フランケンシュタインは科学的野心から人造人間を作り出しますが、醜い容姿のため人造人間のことを見捨ててしまい、その人造人間は人間を憎むようになります。

一方でベラはゴッドウィンやマッキャンドレスからの愛を受けて成長していきます。

ベラが貧困の差や娼館での体験をしながらも人間に失望しなかったのは、愛を持って接してくれた人がいたからなのでしょう。

女性の解放とフェミニズム

本作でもう一つ大きなテーマになっているのが女性の解放です。

ダンカンは幼くかわいらしいベラを自分の言うとおりに出来ると思いベラを連れ出してしまいますが、ダンカンがベラに与えることが出来るのは金とセックスだけです。

ベラが本を読むようになり知識を得ることに怒るのは、ベラ(女性)の頭がよくなると自分がつまらない人間だということがばれてしまうからです。

実際にベラは知識を付けてから、ダンカンに関心がなくなってしまいます。後にダンカンのセックスは素晴らしいということに気づきますが、重要なことでないということにも気づきます。

元夫のアルフィーも暴力でベラを押さえつけようとします。ベラの意志とは関係なく自分の思い通りに行動していればそれでいいと思っているのです。

現実的な愛というセリフがありますが、マッキャンドレスのベラに対する愛がまさにこれに当たります。

過去に何をしていようとお互いの身体なのだからいいではないかというのが、マッキャンドレスの本当の愛であり現実的な愛です。

本作の時代背景はヴィクトリア朝時代(19世紀)とされていますが、ヴィクトリア朝では女性が髪の毛を下ろしていたのは家の中でだけでした。しかしベラは外でも長い髪を下ろしています。

メアリー・シェリーのお母さんであるメアリ・ウルストンクラフトは、イギリスで初めてフェミニストの活動をした人物です。

イギリス人でありながらパリに行ってフェミニストの活動を行い、何人かの男性と未婚のまま付き合うという当時では(今でも)考えられないことをしているのです。

また、貧困をなくす活動にも身をささげ、本作のベラと同じような経験をしているのです。

一方でメアリー・シェリーの父であるウィリアム・ゴドウィンはメアリーをかわいがるあまり、家に閉じ込めますがメアリーは夫となるパーシーと駆け落ちして家出をしています。

ウィレム・デフォーが演じるゴッドウィンという名前はメアリー・シェリーの父の名前からとっているのだと思われます。

『フランケンシュタイン』という小説をベースにしながら、作者であるメアリー・シェリーやその両親の生涯も取り入れるという非常に面白い作品となっています。

時代背景を感じさせない衣装と美術

エマ・ストーンが着こなす大胆なパフ・スリーブ/バルーン・スリーブが目を引く衣装を担当したのは、『レディ・マクベス』でも衣装を担当したホリー・ワディントン。

衣装にはベラが経験したことが反映されており、物語序盤では派手な色合や大胆なフリル使いが多用されてるのに対し、パリで社会主義や医学を学びだすと落ち着いた黒のデザインの衣装に変わっていきます。

美術では馬車かと思いきや馬の首だけつけた蒸気を原動力とする乗り物が走っていたり、空を謎の飛行船が飛んでいたりとどう見てもヴィクトリア時代を感じさせるものではなくかなりファンタジーなものです。

衣装にも共通して言えることですが、過去も未来も同時に感じさせることで、物語が伝えるメッセージがどの時代にも通して言えることなのだということが表現されているのだと考えられます。

なぜファンタジー風なセットなのか?

本作がファンタジー風なセットの理由は、そもそも原作の物語がマッキャンドレスによる妄想であり、ファンタジーであるかもしれないという書かれ方がされているということが考えられます。

原作小説『哀れなるものたち』と映画はほぼ同じ物語ですが、映画では原作小説のラストが丸々カットされています。

アラスター・グレイによる原作は、小説としてとても奇妙な形式をとっていて、マッキャンドレスが書いた小説を偶然にも作者であるアラスター・グレイが発見して編集をしたという形式になっているのです。

物語自体はゴッドがベラを蘇らせ、ベラはマッキャンドレスと婚約するもダンカンと駆け落ちしてしまい……という流れはほぼ同じです。

しかし物語のラストにベラ本人が登場し、マッキャンドレスが書いた私に関する物語は全て妄想であり、私はいたって健常な生活を送ってきたということが書かれています。

ベラはマッキャンドレスのことを哀れなかわいそうな人間だと思い仕方なしに結婚したということまで書かれています。

原作小説はマッキャンドレスとベラのどちらを信じればいいかわからない……というところが面白いのですが、映画ではラストをカットする代わりに、物語自体がマッキャンドレスによるファンタジーかもしれませんよという意味を込めてファンタジー風のセットにしたのだと考えられます。

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