第38回サンダンス映画祭のミッドナイト部門でプレミア上映され、その不穏な世界観で世界を驚愕させた本作。
メガホンをとるのは、本作が長編デビューとなるハンナ・ベルホルム。
北欧ホラーといえば『ぼくのエリ 200歳の少女』『ボーダー 二つの世界』が思い浮かぶ方が多いと思うが、本作もそれに引けを取らず、観るものを美しくまた不気味な世界に連れて行ってくれます。
『ハッチング 孵化』作品概要
公開日:2022年4月15日
監督:ハンナ・ベルイホルム
キャスト:
ティンヤ(シーリ・ソラリンナ)
ママ(ソフィア・ヘイッキラ)
パパ(ヤニ・ヴォラネン)
テロ(レイノ・ノルディン)
マティアス(オイヴァ・オッリラ)
レータ(イダ・マーッタネン)
『ハッチング 孵化』あらすじと考察
12歳の少女ティンヤは、パパとママ、弟のマティアスの4人家族。
ママはYouTubeで「素晴らしい家族の風景」を配信することに夢中になっています。
ある日窓から1匹の鳥が家の中に入り込んでしまい、リビングをめちゃくちゃにしてしまいます。
ティンヤは鳥を外に逃がしてやろうとしますが、ママは鳥の首をひねりつぶし、生ごみに捨ててしまいます。
ガラス製品だらけの家具の意味は?
鳥がリビングに入ってきて家の中をめちゃくちゃにしてしまいますが、家具はほとんどガラスでできていて、どんどんと割れていきます。
これは見た目ばかりを気にしていて、壊れやすい家庭が表現されています。
お父さんは建築家で建築模型を作っているシーンがありますが、これも「家族ごっこ」とか「形だけの家族」といったものの表現の一つです。
これからこの家族は壊れていくということが序盤から表現されています。
ティンヤの家の隣に同い年の少女レータが引っ越してきます。
レータは犬を飼っていて、ティンヤは撫でようとしますが、手を咬まれてしまいます。
その夜、雑木林から鳥の鳴き声が聞こえてきます。
ティンヤが鳴き声のもとへ行ってみると、昼間にママが殺したはずの鳥がまだ生きていて苦しみもがいています。
ティンヤはひとおもいに鳥を殺してやります。
隣には卵が落ちていて、ティンヤは自分のベッドで温めることにします。
体操の選手であるティンヤは、次の大会に向けてトレーニングに励んでいます。
ママは次の大会にティンヤが選手として選ばれる気満々で期待をかけますが、残る選手の枠はあと一つ。
体操クラブにはレータも入ってきました。
クラブから帰ると、ママが修理業者のテロと浮気しているところを見てしまいます。
ママは何の悪気もなく「テロのことを愛している」「週末は家を留守にする」とティンヤに言います。
ティンヤは部屋に戻ると卵を抱えながら涙を流します。
すると卵の孵化が始まります。
卵はティンヤが抱きかかえられないくらい大きくなっていたので、ティンヤは怖くなってクローゼットに隠れます。
卵からは不気味で大きな雛鳥のような生物が誕生し、ガラスを突き破って部屋から逃げていきました。
雛の誕生を鏡越しに見届ける理由は?
本作では鏡越しに何かを映し出すというシーンが多く活用されます。
アッリはまさしくティンヤの生き写しで、ティンヤ=アッリであることを表現しています。
アッリはママに抑制され、表に出すことのできないティンヤの姿なのです。
体操クラブでの練習にママも見学に来ます。
残りの1枠はまだ決まっていませんが、あきらかにレータのほうが上手です。
それを見ていたママは、ティンヤに手がボロボロになるまで居残りで練習をさせます。
ママは大会でティンヤが活躍する様子をYouTubeで生配信したいのです。
ティンヤは鳥を「アッリ」と名付け、家族に内緒で部屋で飼うことに決めました。
その夜、レータの犬が吠え続けるため、ティンヤは眠れずにいました。
何かが犬を襲う光景がティンヤの脳内で再生されます。
ティンヤが目を覚ますとアッリがレータの犬の死体をティンヤの枕元に持ってきます。
なぜここまでアッリを気持ち悪くする必要があるのか?
本作はホラー映画としてはベタなシーンが多いものの、アッリがあまりにも気持ち悪いので、それだけで怖さが際立っているように思います。
アッリはほとんどCGは使われず、スターウォーズ新3部作でも活躍するアニマトロニクス・デザイナーのグスタフ・ホーゲンによって手掛けられています。
先ほどアッリはティンヤの生き写しだということを書きましたが、アッリはティンヤがママによって抑制されたダークサイドの実体です。
ママはyoutubeに家族のことを配信するので、ティンヤは美しくなくてはいけません。
また、ママが無理やり体操をやらせるのでティンヤは指の先まできれいでいなくてはいけないのです。
アッリはまさにその逆の実体のため、不気味な姿をしているのです。
ティンヤは誰にも見つからないように庭に犬の死体を埋めます。
弟のマティアスはその様子を見ていました。
ママはティンヤに、テロのところへ泊りがけで遊びに行こうと誘います。
ティンヤは浮気相手の家に遊びに行くなど気が引けます。
パパはすでにママの浮気のことを知っている様子で、「ママはそういう人だから」とあきらめています。
テロには赤ん坊の子供が一人いますが、妻はその赤ん坊を産むときに亡くなってしまい、テロ一人で子育てをしています。
ママと浮気をしていますが、ママの性格を理解しティンヤが無理して体操をしていることを見抜くなど、理解の深い男です。
一方でアッリはくちばしが剥がれ落ち、髪も生えてきて次第に人間の姿に近づいてきます。
体操の大会の直前、レータが帰宅中にアッリに襲われ、大けがを負ってしまいます。
ティンヤがお見舞いに行きますが、レータは明らかに犯人はティンヤだと思っていて、ティンヤを目の前にすると発狂してしまいます。
大会当日、ママは自分の思うとおりに動かないティンヤに愛想をつかし、ティンヤの目の前でテロの赤ん坊をかわいがるという意地悪をします。
アッリはその様子を見ていました。
ティンヤが競技を披露する番になると、脳内にアッリが赤ん坊を襲おうとするイメージが再生されます。
まさに同時刻、アッリは斧で赤ん坊を襲おうとしていました。
ティンヤは演技を披露中でしたがアッリとティンヤは痛覚もつながっているので、わざと鉄棒から落ちてけがをして赤ん坊を助けます。
赤ん坊が泣きわめくとテロが駆け付け、アッリは窓から逃げていきます。
ティンヤとママが家に戻ると、テロはティンヤが赤ん坊を襲おうとしたと勘違いしていて、ママもティンヤも家から追い出してしまいます。
ママはyoutubeの配信ではティンヤをかばういい母親を演じますが、ティンヤにあたりちらします。
ティンヤは赤ん坊を襲ったアッリをしかりつけますが、ついにアッリの存在がママにバレてしまいます。
ティンヤたちは一家総出でアッリを追い詰めます。
ついにママはアッリにナイフを突き立てますが、すんでのところでティンヤが立ちふさがり、ティンヤの胸にナイフが突き刺さります。
痛覚が通じているアッリも倒れますが、ティンヤの血を浴びたアッリはおもむろに立ち上がり「ママ」と口走ります。
そのたたずまいはティンヤそのものです。
ママは何とも言えない表情でアッリを見つめるのでした。
アッリを見つめるママがホッとしているように見えるのはなぜか?
ママがティンヤを殺してしまい、ママはなんてことをしてしまったんだという表情をします。
しかし、アッリがティンヤの代わりに立ち上がると、どこかホッとしたような表情を浮かべ、本作は終了します。
ママの全ては、youtubeで家族の風景を配信することであって、容姿がティンヤならば、化け物でも構わないのです。
ママの表情がラストでホッとしたものになるのは、「とりあえずyoutubeは続けることができそうね」といった表情なんだと思います。
本作での本当の化け物はママであると言えますね。